意味を決めない通貨は、少し不便な円になった。コミュニティ通貨を閉じて見えたこと
2026年9月、コミュニティ通貨サービス「civicship」を終了しました。
本稿の位置付けは、以下です。
・約1年3か月分の取引ログ8,039件の分析(「円で扱えないものを、独自通貨は扱えたか。コミュニティ通貨の取引ログ8,039件の分析」)をもとにした、プロダクトデザインのPoC(概念実証)レポートです。
・筆者個人の振り返りであり、プロジェクトや関係する団体の見解を示すものではありません。
・同じような仕組みをつくる方の参考になるよう残します。
・運営や合意形成など、プロダクトの外の事柄は扱いません。
・コミュニティの中でやり取りする単位を「通貨」、通貨を誰かに渡すことを「贈与」と呼びます。取引ログの分析の記事と、言葉をそろえています。
この実証の問いは、円で扱えないものを、独自通貨は扱えたか、でした。civicshipは、地域の外から訪れる人が再訪し、関わり続けることを狙って、LINEの中で通貨を贈り合う仕組みとして提供しました。本来つくりたかったのは訪問者の居場所と出番でしたが、出来上がったのは、顎足枕(食事・交通・宿泊)を交換する道具でした。大半は少し不便な円で、その不便さを受け入れた人の間では、円では値段の付きにくい贈り物も一部で生まれました。ただ、それが通貨という手段でなければならなかったのかは、疑っています。
詳しく分析した2つのコミュニティでは、贈った人は加入者の4割前後、2か月以上贈与を続けた人は1割ほどでした。通貨は主に閉じた輪の中の食事と宿へのお礼に使われ、店や宿などの受け取り手は増えませんでした。費用は、仲間に贈った人1人あたり月500円を超えました。
ずれた根っこは、通貨の意味を定義しない戦略を取ったことだと考えています。活動の様子を撮ることに価値があると意味を固定する選択肢もありましたが、多くの地域に導入しやすい汎用的な仕組みを優先しました。その結果、通貨は値段の付くものへのお礼に流れ、通貨が後押しする行動はなく、たくさん受け取った事業者には欲しがる使いみちがなかったと見ています。さまざまな告知が流れるFacebookではないところにプロダクトを置いたことも、別の理由として重なりました。
顎足枕と交換できることそのものには価値がありますが、手伝いと食事・宿の交換は、通貨がなくても成り立ちます。意味を定義しない戦略の行き着く先が顎足枕なら、通貨という手段を取る必要性は薄く、使われ方も、住み込みや長い滞在ができる人どうしの、限られたものにとどまります。汎用的な通貨のアプリをつくる意味は薄かった、というのが本稿の振り返りです。通貨は、受け取った人が使いたい用途がないと止まります。その用途は導入先の事業で決まるため、作り直すなら、通貨からではなく導入先の目標と事業構造から始め、稼ぎ方を絞り、出した通貨が戻ってくる形にすることを考えています。
以下は、取引ログの分析に、観察や聞き取りを重ねたものです。十分に検証できていない解釈も含むため、確かめた数字と解釈は、できるだけ書き分けます。
人が引いていく地域の暮らしを、開かれた共同体で支えたかった
行政や市場、そして住民も引いていく地域では、空き家の管理や倒木の処理のように、誰も手を付けない仕事が増えていきます。地域リーダーの話や現地の様子から、そこに住み続ける人の暮らしを、外の人も加わる共同体で支える必要があると考えました。目指したのは、地域の内と外の人でつくる、開かれた共同体です。手応えを探している人が、地域の物語の中で役をもらい、加わっていける形を描きました。
プロジェクトの目的は、関係人口(移住でも観光でもなく、地域に関わり続ける人)を増やすことでした。
最初に組んだ地域では、関係者を、地域の課題を解きたいのか、自分や身内の課題を解きたいのか、資産を動かせるのかで4つに分けました。そのうえで、起点を地域リーダーに、相手を外から来る担い手に置きました。支えたかったのは、住み続ける住民です。
一度来た人と、関係が続かない
導入先は、地域外との交流が多く、事業を通じて地域の課題を解こうとする地域リーダーです。最初に組んだ地域で課題を探ると、見えてきたのは、地域外から来た人との関係が続かないことでした。
- 地域外の人を迎えるイベントを開いても、数日で帰ってしまい、継続的な関わりにつながらない
- 広い範囲を少数のリーダーで見きれず、地域の仕事が特定の人に集中している
リーダーが求めていたのは、訪れるたびに顔を出し、少し手伝ってくれるような関係です。一方で、訪問者を「お客」とも「仲間」とも決めず、曖昧なままにしておきたいという要望もありました。お金を落としてもらうことと、手や知恵を貸してもらうことの両方を期待していたためです。
プロジェクトとして追う指標には、再訪を置きました。関係が続くかどうかが最初に表れるのが再訪で、移住はその先にあり、PoCの期間では測れないためです。
相手に選んだのは、車で1時間の距離から訪れる社会人
最初に組んだ地域では、関わる人の住む距離ごとに、関わり続けていると言える頻度の目安を置いていました。日常生活圏(中学校区ほど)の人どうしは、ふだんから顔を合わせていて困りごとを自分たちで解決しやすく、プロダクトが介在する価値は薄いと判断して、対象から外しました。
訪問者は、普段得られない刺激や気付きを求める人を対象に、次の3つに分けました。
- 学生:お金はないが、時間はある
- 社会人として2周目を模索する世代:お金やスキルはあるが、この先に迷っている
- 老後の生活を模索する世代:お金やスキルはあるが、何から始めればいいか分からない
中心に置いたのは、2つ目の世代です。都市部に住み、車で1時間ほどの地域には抵抗なく出かける、20代後半から30代の社会人です。
再訪の鍵は、居場所と出番
訪問者が再訪しているパターンを整理すると、再訪の鍵は次の2つでした。
- 居場所:地域の人を信頼し、受け入れられていると感じられること
- 出番:自分に合った役割があり、名指しで誘われること
どちらも、外から人が来る流れと、人を惹きつける地域の物語があることが前提です。居場所と出番は、その物語の中で得る役とも言えます。
関係が深まるきっかけは、聞き取った例ではいずれも人でした。
- 初めて訪れる:案内してくれた人から、お祭りのカメラマンとして手伝う機会に誘われる
- 再び訪れる:誘われたイベントやボランティアに惹かれる。地域に住む特定の人に会いに行く
- 関わり続ける:仕事に誘われ、二拠点での生活が始まる
ここから立てた仮説は、「信頼関係のうえで、地域リーダーから、その人の期待や志向に沿った機会に名指しで誘われることが、再訪のきっかけになる」です。
あわせて、リーダーからは「特定のアプリやツールでのやり取りを強いると、自然に広がるコミュニティの形を壊すのではないか」という懸念が出ていました。
コミュニティのシェアアルバムから、コミュニティ通貨版PayPayへ
当初の構想は、訪問者に居場所と出番をつくるため、地域を問わず価値と認められやすい撮影に稼ぎ方をそろえ、使いみちは地域ごとに自由にする形でした。
- 撮る人にとっては、撮ることが出番になる
- 写る人にとっては、写ることで居場所を感じられる
- 撮った写真は、「確かにそこにいた」という証明として積み重なる
表向きは思い出づくりで、ねらいは証明の積み重ねです。積み重なった証明が信頼の材料になり、次の出番への誘いにつながる設計でした。
通貨の渡し方には、次の3つの型があり、いずれも当時の選択肢にありました。当初の設計は、申請・承認です。
- 申請・承認:本人が行動したあとに申請し、地域が承認する
- 募集・応募:地域が出番を一斉に示し、本人が手を挙げる
- 招待・参加:特定の誰かが、名指しで声をかけ、本人が参加する
実際に作ったのは、多くの地域に導入しやすい形を優先し、通貨を前提にまとめた次の仕組みです。
- 運営がコミュニティの通貨を発行し、メンバーに配布する(以下、公式の配布)
- メンバーは、受け取った通貨を、お礼として仲間に贈れる。LINEの中で、送るだけで相手に届く
中心は、3つのどの型にも使える「贈与」の機能で、人にも店にも贈ることができます。地域ごとに使い方を決められる汎用性を優先した分、特定の型に寄せた色は薄くなりました。
コミュニティ通貨として始めたプロジェクトで、どう設計するかはこちらの判断でした。設計上の判断は、次の4点です。
- 通貨の意味(何に使えて、何のための通貨か)を定義しない戦略を取り、運用に委ねた。当初の構想のように、活動の様子を撮ることに価値があると意味を固定する選択肢もあったが、多くの地域に導入しやすいことを優先した。関係を曖昧なままにしておきたい、ツールで縛りたくない、というリーダーの要件を、道具の設計にまで当てはめたのも、こちらの判断
- その具体的な形として、稼ぎ方も使いみちも、導入先ごとに自由に決められる形にした。使いみちとしては、空き部屋や余り物など、地域で使われていない資源を想定した
- 値付けも、こちらが参考値を示す形にとどめた
- 地域の活動を、それぞれ事業とみなした。事業には採用か集客が要り、そのどちらかを担保することを狙った
この形で、ほかの地域にも同じプロダクトを入れました。詳しく分析したのは、そのうち次の2つのコミュニティです。
- インフラ型(「円で扱えないものを、独自通貨は扱えたか。コミュニティ通貨の取引ログ8,039件の分析」の集中型):発起人が宿や食事の場を営み、人が住み込み、滞在する拠点
- ネットワーク型(同じく分散型):発起人が人のつながりを軸に活動する
閉じた輪の中で、食事と宿を交換する道具になった
プロダクトとして追っていたのは、再訪そのものではなく、通貨の贈与でした。贈与と継続の段階で見ていました。再訪はプロジェクトとして追う指標で、プロダクトだけで達成できるものではなく、取引ログからも測れていません。本稿でも、自分から誰かに通貨を贈ることを、関わりの最初の一歩(以下、最初の行動)として見ます。数字の詳細と分析の限界は「円で扱えないものを、独自通貨は扱えたか。コミュニティ通貨の取引ログ8,039件の分析」にまとめています。
結果は、次の3つです。
1. 贈与率は4割前後にとどまり、継続した人は1割ほどだった
- 贈与率(一度でも贈った人の割合)は、インフラ型で43%、ネットワーク型で37%。裏返すと6割前後は一度も贈与していない。2か月以上にわたって贈った人は12%と10%だった
- 贈与しなかった理由で最も多かったのは、聞いた話では現地に行っていないことで、贈るには身内であるという感覚も要るようだった
- 運営への贈与も数えているため、「円で扱えないものを、独自通貨は扱えたか。コミュニティ通貨の取引ログ8,039件の分析」の「贈ったことがある人」(仲間への贈与のみで27%と37%)とは数え方が異なる
2. 主な使われ方は閉じた輪の食事と宿とみられ、受け取り手は増えなかった
- コメントから見受けられた使われ方で多かったのは、共同キッチンの賄い、メンバー同士の飲食、食の分かち合い、運営への参加
- インフラ型では、運営側の1つの財布が、公式の配布とは別に通貨を配り(393件、多くは手伝いのお礼と見受けられた)、メンバーが贈った通貨の42%(金額ベース)が運営側に戻っていた。共同キッチンの賄いや滞在へのお礼とみられる
- 通貨を受け取り、宿や食事、体験を提供する相手(以下、受け取り手)は、運営が開拓に報奨を設けても、ほとんど増えなかった。店や事業者と見受けられる財布に届いたのは、運営を除くメンバー同士で贈られた通貨のうち、インフラ型で1割強(その大半は1つの店)、ネットワーク型で1%未満だった(金額ベース)
- 聞いた話や運営の発信では、交換の基準がはっきりして一度離れていた人が戻る、食の余りを譲ってもらうといった使われ方もあったが、個別の例にとどまった
3. 費用は、仲間に贈った人1人あたり月500円を超えた
- 月額:1コミュニティあたり1.8万円。インフラ型、ネットワーク型とも、ほぼ同じ水準
- 月に関わった人:約95人。1人あたり約190円
- 月に仲間へ贈った人:平均30〜36人。1人あたり500〜600円
意味を定義しなかったから、顎足枕の側に寄った
プロダクトが寄ったのは、再訪の動機ではなく、障壁の側でした。住み込みの人のように、障壁が解消された人もいました。
- 動機:居場所と出番
- 障壁:お金や移動の負担。つまり、食事や宿、移動(いわゆる顎足枕)の問題
動機の側について、名指しの誘いが再訪のきっかけになるという仮説は、誘いを運ぶ形にしなかったため、プロダクトとしては検証できていません。新しく来た人への最初の贈与のうち、「また」「次」「来て」など次の機会を指す言葉を含むものは2.9〜5.6%で、贈与が次の誘いとして使われることはまれでした。
障壁の側に寄った理由は、3つあります。根っこにあるのは、通貨の意味を定義しない戦略を取ったことで、1つ目と3つ目はそこから出てきたものです。2つ目は、プロダクトの置き場所の問題です。
稼ぎ方も使いみちも自由にすると、値段の付くものに流れる
稼ぎ方も使いみちも自由にしたことで、通貨は値段の付くもの、つまり顎足枕へのお礼に流れていったように見受けられます。使いみちに想定していたのは、空き部屋や余り物のような使われていない資源で、値段の付く食事や宿が中心になることは想定していませんでした。「確かにそこにいた」という誰とも交換できない価値を積み重ねる稼ぎ方に固定せず、誰とでも交換できる通貨にしたためです。結果として、汎用的なマッチングの仕組みになりました。
渡し方も、汎用的にしたことで色が消えました。仲間から直接贈られた人は45〜49%が次の誰かに贈った一方、公式の配布だけを受け取った人は14〜19%でした。贈られる人はもともと関係が近い可能性もありますが、使い始めた時期と配布の回数をそろえても、2.3〜2.4倍の差が残ります。どの型が一番よいかは、型ごとに成立する条件が異なるはずで、分かりません。それでも、仲間からの贈与が効いたように、誰がどういう理由で渡すかがはっきりしているほど、次の行動につながると見ています。型を1つに決めるのは、それをはっきりさせることです。
名指しで誘える場所に、プロダクトを置かなかった
告知や誘いが流れていたのはFacebookやMessengerで、プロダクトをその外に置いていました。civicshipは、新しいツールを強いないというリーダーの懸念も踏まえ、手軽さを優先してLINEの中に置きました。Facebookの友達関係を使う案は、外部のアプリが取得できる範囲が限られ、拡張性がないと判断して見送りました。
LINEの中に置いたことで、相手が誰なのかを照合できず、自己紹介を別に入力してもらう形にもなりました。名指しで誘うには、名前で知られていることが要ります。匿名でも参加できる気軽さは、そこまで優先しなくてよかった可能性があります。
通貨は、来る動機ではなく、続けたいことを続ける動機になる
通貨が後押しできるのは、来たあとの行動です。対照的な例が、2018年の記事で紹介された、愛知県一宮市のデイサービスの施設内通貨「シード」です(出典:弁護士ドットコムニュース)。シードは居場所と出番をつくる仕組みではなく、ここで比べるのは通貨の効かせ方です。
- 稼ぎ方:リハビリの頑張りに応じて貯まる。1周100mの歩行訓練で100シードなど
- 使いみち:施設内の喫茶コーナーや売店、カジノから、墓参り(5万シード)や水族館(50万シード)への外出まで
シードの芯は、稼ぎ方がリハビリに決まっていることです。リハビリの価値(本人の健康、施設にとっての継続利用)が効いてくるのはずっとあとで、通貨はその価値を、喫茶や外出という目の前の得に置き換えて背中を押しています。当初の設計(撮影)も、稼ぎ方を決める同じ型でした。「そこにいた」証明が信頼や次の出番に効くのも、積み重なってからです。
通貨が効くのは、あとになって価値が出るが、今すぐやりたいとは限らない行動です。逆に顎足枕は、手伝ったその日に賄いや宿が得られる、時差のない得です。時差がなければ、通貨がなくても回ります。
シードでは、通所という形で来ることが最初から仕組みの中にあり、通貨は来たあとのリハビリを後押ししています。civicshipでは、来る動機は最初からプロダクトの外に置き、続ける動機は自由にしていました。何をすれば貯まるかを決めておらず、通貨が後押しする行動がありませんでした。公式の配布は、その最たるものです。配布だけを受け取った人で最初の行動に移る人が少なかったのは、仲間からの直接の贈与でないことに加え、このためと見ています。
顎足枕の交換は通貨なしで回り、事業者が受け取った通貨は滞った
当時の見立て(地域の活動を事業とみなし、採用か集客を担保する)に照らすと、採用は担保された事例が見られ、集客は担保できませんでした。
- 採用:インフラ型では、住み込みの閉じた輪で、採用まで担保された事例が見られた(観察)
- 集客:担保できなかった。受け取り手は増えず、通貨でお礼を贈れるようにしても、来る人が増えたとは確かめられなかった
閉じた輪では回ったものの、仲間に贈った人1人あたり月500円超(結果3)に見合うほど、なくてはならないものにはなりませんでした。理由は2つです。
顎足枕が効くのは、お金はないが時間はある人だけだった
- 住み込みの人のように、長く滞在できる人:手伝いと食事・宿の交換が回っていたように見受けられた(結果2)。ただ、この形はWWOOF(農家などで手伝いをしながら、食事と宿を得て滞在する仕組み)のように、通貨がなくても成り立つ
- 中心に置いた社会人:お金も車も持ち、車で1時間の距離なら抵抗なく出かける。顎足枕は、障壁ではなかった
通貨が回ったのは、住み込みの人たちのように毎日顔を合わせる輪、つまりプロダクトが介在する価値は薄いとして対象から外した、日常生活圏に近い輪の中でした。
長く滞在できる人どうしの、手伝いと食事・宿の交換に寄ったのは、課題を探った段階で置いていた、共助の限界についての仮説「助け合いは、同じ輪の中の等しいやり取りにとどまると、広がらずに縮んでいく」に近い形です。この2つのコミュニティでは、そうなるかも含めて、どう使われるかを見ていました。
つまり、意味を定義しない戦略の行き着く先は、住み込みや長い滞在ができる人どうしの限られた使い方で、しかも通貨がなくても成り立つ交換でした。
追記(2026年10月13日)
この行き着き方は、給料の使われ方と同じ形をしています。単身世帯の消費支出は、食料、住居、光熱・水道、交通・通信の4つで約6割を占めます(総務省「家計調査」2025年平均)。使いみちを決めていないお金は、まず暮らしの土台に流れます。使いみちを決めていない通貨が食事と宿へのお礼に流れたのも、意外なことではなく、円と同じ振る舞いをしただけだと考えています。そして、円で済む交換なら、通貨を使う理由はありません。
たくさん受け取った事業者には、欲しい使いみちがなく、通貨が滞留した
循環が回るのは、出した通貨が、使いみちを通って出した人の手元に戻ってくるときです。誰が何のために通貨を出すかを定義しなかったため、店や宿は受け取るだけの側になり、受け取った通貨の戻り道も、使いみちも乏しいままでした。
- シードの施設:出した通貨が、喫茶や外出を通って施設に戻る
- インフラ型の運営:出した通貨が、賄いや宿を通って運営に戻る
- 外の店や宿:集客で通貨を受け取るが、使いみちは、事業者としての採用か、生活者としての消費しかない。採用に回そうにも、通貨で声をかけられる人の輪は、採用の場としてほかより優れていなかった。消費も、小さな輪では使える先が限られる
事業者と見受けられる6者のうち4者では、受け取った通貨の9割近くかそれ以上が手元に残っていました。なかでも残高の多い2者は、メンバーの残高の中央値(約1,000pt)の約110倍と約470倍の通貨を抱えていました。一方、手伝いを頼む側の2者では、手元に残ったのは3〜6割ほどで、手伝いへのお礼にも使われていました。受け取った通貨を回せたのは、手伝いへのお礼という使いみちを持つ事業者だけで、店にとって使いたい先は乏しかったように見受けられます。自分に返るものがなければ、関わる理由になりません。
少し不便な円の中で、円では値段の付きにくい贈り物も生まれた
大半は、円で済む交換でした。換金できず、使える先は小さな輪の中に限られ、費用は仲間に贈った人1人あたり月500円を超えます。つまり、少し不便な円でした。
ただ、その不便さを受け入れた人の間では、円では値段の付きにくい贈り物も、一部で生まれていました(数字は「円で扱えないものを、独自通貨は扱えたか。コミュニティ通貨の取引ログ8,039件の分析」から)。
- 特定の行為を挙げず、「楽しかった」「ありがとう」を伝えるだけの贈与:2割弱(20%と17%)
- 分散型で、畑や環境の手入れに付いた値段:1回2,000pt(中央値)で、食・もてなしの4倍
- お返しがなかった組のうち、受け取った人が別の誰かに贈った組:57〜67%
- 分散型の金額の3件に1件は、「サンキュー」と読める「39」を含んでいた(ただし、その6割は上位3人)
ただし、これが通貨という手段でなければ生まれなかったのかは、疑っています。気持ちを伝える贈り物や、手入れへのお礼は、通貨がなくても生まれるはずです。通貨なしの場合とは比べていないので、確かめてはいません。通貨が足したのは、贈与の記録が残ることと、金額に気持ちを込められることでした。その足し前が、月500円超の費用と、使える先が小さな輪に限られる不便さに見合ったかというと、見合わなかったと考えています。
汎用的な通貨なら、プロダクトにする意味はない
振り返ると、一番難しかったのは仕組みを作ることではなく、何に通貨を付けるかを決めることでした。当初のシェアアルバムは、撮ることと写ることが画面の中心にありました。撮影は、撮る人の出番と写る人の居場所になるうえ、地域にとっては広報、運営にとっては活動の証跡にもなる行動です。今振り返ると、写る人の同意を前提に、実際にその場にいた人の身体を伴う「確かにそこにいた」記録は、AIには生成できない、代わりのきかないデータにもなりえたかもしれません。
実際に作ったのは、贈ることが中心の画面です。プロダクトの中核も通貨の贈与履歴で、追っていた指標も贈与でした。汎用的にした分だけ導入はしやすくなりましたが、その地域でしか生まれない価値が載るかは導入先の運用次第になり、ほかの地域に広げても再現できるものではなくなりました。
意味を定義しない戦略からも、答えは得られていました。意味を決めずにおくと、贈与の理由は値段の付くもの(顎足枕)へのお礼に収束するということです。運用の途中から、その傾向は把握していました。ただ、いつ、何を基準に意味を固定するかを決めていなかったため、把握を設計の見直しにはつなげられませんでした。この戦略を取るなら、観察と合わせて、固定する条件を先に決めておくべきでした。
正直に言えば、今は通貨そのものが要るのかを問い直しています。要る場面があるとしても、稼ぎ方にも使いみちにも強い制約を持たせるべきだと考えています。もう一度つくるなら、意味をはっきりと固定したプロダクトにします。特殊な稼ぎ方でしか稼げない通貨として設計し、画面や体験の作りもその稼ぎ方に合わせて独自のものにすることを考えています。誰でも何にでも稼げる汎用的な通貨は、顎足枕の交換という少数の限られた使い方に行き着き、プロダクトにする意味がないからです。
そのときは、通貨からではなく、導入先の目標と事業構造から始めます。通貨は、受け取った人が使いたい用途がないと止まり、その用途は導入先の事業で決まるからです。稼ぎ方は、そこから自然と決まるはずです。事業構造が整理されていなければ稼ぎ方も散らかり、最終的に使う人にとって分かりにくい仕組みになると見ています。次の3つの順で考えます。いずれも、まだ確かめていない仮説です。
まず、導入先がどの規模にいるかを押さえる
事業者なら、年商でおおよその類型と、関わる余力が分かります。月1.8万円(年に約22万円)は、年商500万円なら約4%、1億円なら約0.2%にあたり、規模が小さいほど負担は重く、運用も本人の片手間になります。出した通貨を自分のところに戻しやすいのは、専任の担当を置けて、地域の多くの人と接点がある地域の中核だと見ています。
成功の基準は、費用対効果も含め、導入先の規模に合わせて導入前に決めておくべきでした。civicshipは地域を越える形を前提に作りましたが、回ったのは小さく閉じた輪の中だけでした。その交換は通貨がなくても成り立つため、成功とは言えません。
そのうえで、本業への返り道と代わりを見る
- 本業への返り道:地域の活動が、本業の採用か集客に何段で返るかを見る。手伝いが人手になる、通うことが売上になる、なら1段。地域が元気になり、人が来て、店が潤う、と段が増えるほど、風が吹けば桶屋が儲かる話になり、何も返らないまま持ち出しになる。本業が忙しくなれば、そこで止まる
- 代わり:その採用や集客に、代わりの機能(Facebookや予約サイト)や代わりの行動(声かけや口コミ)がすでにないか。それより何が上回るかを言えるか
本業への返り道と、代わりを上回る点の両方を言えるまでは、通貨を入れる段階ではありません。
原則は、稼ぎ方を絞ることと、出した通貨が戻ってくる形にすること
通貨を入れるなら、次の2つを原則にします。
- 通貨からは始めない。特殊な稼ぎ方を設計する:汎用的な通貨ではなく、目的に直結した、特殊な稼ぎ方を先に決める。価値はあとから効いてくるが、今すぐやりたいとは限らない行動を選び、通貨はそこにだけ付ける。渡し方も、3つの型のどれか1つに決める。撮影と申請・承認の組み合わせは、その一例。撮影には、広報したい地域や、活動の証跡がほしい運営のように、通貨を出す理由を持つ人がいる
- 出した通貨が、自分の手元に戻ってくる形にする:その行動を求める人が通貨を出し、使いみちも自分で持つ。戻り道がないと、受け取った側で通貨はただ積み上がる
最後に、civicshipを導入してくださった地域の皆さん、使ってくださった皆さん、開発と運営に一緒に取り組んでくださった皆さんに感謝します。
本稿で書いたずれは、設計したこちらの判断によるもので、皆さんの使い方に問題があったわけではありません。